明治27年、愛知県知多郡東浦町藤江に生まれる。藤江尋常高等小学校から愛知県立第一中学校(現旭丘高校)第八高等学校(現名古屋大学)さらに東大文学部国文学科へ。大学院を卒業して東大講師、助教授、外遊を経て教授に。
万葉集の研究家契沖の研究から出発して万葉集の研究を。時代をさかのぼって古事記・日本書紀。時代を下って古今・新古今。歌の道をたどって芭蕉の俳諧も。源氏物語などの物語文学の研究も、中世・近世・明治・大正に及ぶ。
興味・関心の広さ深さはとどまる所を知らず、それを後に、和歌史および日本文学史としてまとめあげた。さらに、文学評論の研究の分野を開拓。日本文学評論史(全5巻)をまとめあげた。
皇室との関係も深く、昭和21年から6年間、東宮殿下(現天皇)に御進講。また二度にわたる皇孫御命名の資料提出者、歌会始の儀(うたかいはじめのぎ)の召人(めしうど)の役もはたした。
国文学者吉田精一先生は久松先生について「弾力性と柔軟性に富む学風は円満な人格と相まって昭和学界の師宗である」と書いている。昭和51年3月、肺がんのため没。81歳。
故郷を愛し続けた久松先生の墓は藤江安徳寺にある。 |